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歴史・文化
中山城跡は全国に5か所以上ある?|岐阜の2城と北条・伊達の城跡を城主別に完全ガイド
「中山城跡」を調べていて、群馬の記事が出てきたり山形の写真が出てきたりして、結局どこの城なのか分からなくなっていませんか。実はこれ、検索する人のほぼ全員がつまずくポイントです。中山城という名前の城は全国に5か所以上あり、しかもそのうち2つ... -
歴史・文化
島津豊久碑は烏頭坂に立つ島津の退き口の証|30歳で散った殿軍の道をたどる完全ガイド
関ケ原の史跡めぐりをしていると、地図の南のはずれに「島津豊久碑」という名前を見つけて、手が止まる方が多いのではないでしょうか。合戦場の中心から離れているのに、なぜここだけ独立した史跡として案内されているのか。そもそも島津豊久とは誰で、こ... -
歴史・文化
島左近陣跡は三成本陣の最前線に立つ|鬼左近が守った笹尾山と謎の最期を歩く完全ガイド
関ケ原の古戦場めぐりで「石田三成陣跡(笹尾山)」を目指す人は多いのに、その麓にひっそり立つ島左近陣跡の石碑を見落として帰ってしまう人が驚くほど多い。笹尾山の駐車場に車を停め、そのまま山頂へ登る階段を上がってしまうと、左近の陣跡は視界の外... -
歴史・文化
武田耕雲斎が岐阜を駆けた9日間|天狗党が越えた中山道と蝿帽子峠をたどる旅
武田耕雲斎という名前を、水戸藩の人物として記憶している方は多いはずです。ところがこの人物が率いた約800人の集団が、元治元年(1864年)の晩秋から初冬にかけて、岐阜県内を9日間かけて歩き抜けたことはあまり知られていません。中津川宿で五平餅をふ... -
歴史・文化
本多忠勝陣跡は駐車場なしの隠れ史跡|57戦無傷の猛将が関ヶ原で務めた軍監の全貌
関ヶ原の古戦場をめぐっていると、笹尾山や決戦地のように整備された史跡がある一方で、「本当にここでいいのか」と不安になるほど地味な場所に行き当たることがあります。本多忠勝陣跡は、まさにその代表格です。カーナビの案内どおりに走っても駐車場は... -
歴史・文化
福島正則陣跡は樹齢800年の大杉が見た開戦の朝|駐車場6台・入場無料の完全ガイド
関ヶ原の古戦場を巡っていて「福島正則陣跡って、地図で見ると町の真ん中じゃないか」と首をかしげた方は多いはずです。笹尾山や松尾山のように山を登るわけでもなく、案内板だけがぽつんと立っているのだろうと想像して、後回しにしてしまう。実はそれ、... -
歴史・文化
島津義弘陣跡は駐車場4台の神社裏|「島津の退き口」が始まった関ヶ原の一点を歩く
関ヶ原の古戦場を巡っていて、ふと「島津義弘陣跡ってどこにあるんだろう」と地図を探した経験はありませんか。笹尾山や決戦地のように大きな駐車場と看板があるわけでもなく、国道365号から細い小道に入った先、神社の森の裏にひっそりと石碑が立っている... -
グルメ・お土産
おみやげ処 角桑は飛騨高山みやげの総合基地|4店舗の違いと飛騨牛串400円の楽しみ方
飛騨高山の旅で最後に必ずぶつかる壁が「お土産、どこでまとめて買えばいいのか」という問題です。古い町並みの一軒一軒をのぞくのは楽しいけれど、漬物はあの店、地酒はこの店、さるぼぼはまた別の店……と歩き回るうちにバスの時間が迫ってくる。荷物も分... -
観光・名所
気多若宮神社は古川祭を生んだ「杉本さま」|駐車場7台と御朱印・聖地巡礼ガイド
飛騨古川の駅前から北へ歩いて15分。土産物屋も飲食店もない住宅地の坂道を上っていくと、突然、杉木立に包まれた石段が現れます。ここが気多若宮神社。全国的な知名度でいえば飛騨高山の日枝神社や桜山八幡宮に譲りますが、毎年4月19日・20日にこの町を熱... -
歴史・文化
宇喜多秀家陣跡は西軍1万7千が布陣した南天満山|副大将の記憶をたどる歩き方ガイド
関ケ原の古戦場を歩こうと調べていると、笹尾山の石田三成、松尾山の小早川秀秋といった名前は次々に出てくるのに、「宇喜多秀家陣跡」だけは情報が少なくて場所すらつかみにくい——そう感じている方は多いはずです。西軍で最大の約1万7千という兵を率いた...